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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)9224号 判決

原告 美竹起業有限会社

右代表者代表取締役 内田弘

右訴訟代理人弁護士 布留川輝夫

被告 下地悦子

右訴訟代理人弁護士 沢田訓秀

主文

一  被告は原告に対し、原告から金一五〇〇万円の支払いを受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の建物部分を明渡し、かつ、昭和五九年一二月一六日から右明渡済みに至るまで一箇月金二万七〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、原告から金一五〇〇万円の支払いを受けるのと引換えに別紙物件目録記載の建物部分を明渡し、かつ、昭和五九年三月一日から右明渡済みに至るまで一箇月金二万七〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録記載の一棟の建物(以下「本件建物」という。)の所有者であった訴外桜丘起業有限会社(以下「桜丘起業」という。)から本件建物の賃貸等の管理一切を受任していたが、原告は右受任に基づいて、自ら賃貸人となって、被告に対し、別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を次のとおり賃貸した。

(一) 賃貸年月日 昭和五六年二月二七日

(二) 使用目的 飲食業

(三) 賃料 一箇月金二万二〇〇〇円

(四) 共益費 一箇月金五〇〇〇円

(五) 賃料等支払時期 毎月末日限り翌月分払い

(六) 賃貸期間 三年

2  桜丘起業は、昭和五七年六月七日、本件建物を訴外株式会社万里(以下「万里」という。)に売り渡したが、原告は引き続き万里から本件建物の保全管理等一切の権限の委任を受けている。

3(一)  本件建物は、建築後二十余年にしては著しく老朽化しているが、昭和五七年一一月一八日渋谷消防署の立入検査を受け、次いで昭和五八年四月一九日東京消防庁査察官立会いにて立入検査を受け、その改修が極めて困難である等多数の指摘を受けた。

(二) そこで原告及び万里において調査したところ、本件建物は、建築基準法に定められた確認申請手続をとることなく、昭和三六年六月、増築名下に建築されたものであるが、昭和三五年三月二日には工事停止命令を受け、また、昭和三六年六月三〇日には使用停止命令を受けており、その後の昭和四二年七月一一日、桜丘起業が東京都に是正の誓約書を提出し、事実上昭和四三年九月より使用が開始されていることが判明した。

(三) 本件建物は以上のように手続上違法な建築物であるばかりでなく、ずさんな工事のため、建物の安全上不可欠な諸設備の設置が不備であり、また構造上も耐震性が全くなく、いつ倒壊しても不思議ではない旨指摘されているが、これに対する対策が講ぜられないまま、雑居ビルとして収容人数一三七五人の利用がされている現状にある。

4  そこで、万里と原告とは、本件建物が部分的改修では到底安全の確保ができないので全面的に建て直すこととし、また、これ以上使用を続けていてはいつ災害が発生するかわからない状態であるので、原告は昭和五八年九月一日付書面をもって本件賃貸借契約の更新拒絶の通知をし、同書面は同月二日被告に到達した。

5  原告は被告に対し、更新拒絶による期間満了を理由に本件建物部分の明渡しを求めて渋谷簡易裁判所に本件訴えを提起し、本件訴状は、昭和五九年六月一五日被告に送達された。したがって、右更新拒絶の通知が時機に遅れたものであり、賃貸借契約は昭和五九年二月二七日の経過をもって法定更新されたとしても、本件訴えの提起は解約の申入れの意思表示を伴うところ、解約の申入れには前3のとおりの正当事由があるので、本件訴状が被告に送達された日から六箇月を経過した日である昭和五九年一二月一五日の経過をもって本件賃貸借契約は終了したものである。

なお、原告は被告に対し、正当事由の補完のため昭和六一年一二月二二日の本件第二六回口頭弁論期日において金一五〇〇万円の立退料を提供した。

6  よって、原告は被告に対し、原告から立退料金一五〇〇万円の支払いを受けるのと引換えに本件建物部分を明け渡すとともに昭和五九年三月一日から同年一二月一五日までは賃料及び共益費として、同月一六日から明渡済みに至るまでは賃料及び共益費相当損害金として一箇月金二万七〇〇〇円の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は、万里が桜丘起業から本件建物を買い受けたこと及び原告が万里から委任を受けて本件建物の管理を行っていることは認めるが、原告に明渡を求める権限があることは争う。本件建物の所有権が万里に移転した以上賃貸人たる地位は万里に移転したもので、原告は被告に対し本件建物部分の明渡しを求める権限を有しない。

3  同3の事実は不知。

4  同4の事実は、原告主張の書面が到達したことは認め、その余は否認する。

5  同6は争う。

三  被告の主張

原告の提供する立退料をもってしては何ら解約申入れの正当事由を補完するものではない。すなわち、

1  被告は本件建物部分で昭和四三年三月一日以来飲食店営業を続けてきており、固定客がついて営業の基盤が出来上っており、また、本件建物部分での営業から上がる収入が唯一の生活の資になっている。

2  適当な代替物件を探すことが困難である。

昭和六一年春に被告において代替店舗を探してみたが、安い物件は立地条件が悪く、また渋谷駅からかなり離れたところでも保証金や造作代金等で金二〇〇〇万円以上の出費を要するものであり、原告の提供する立退料をもってしては到底代替店舗に移転することはできない。

四  抗弁

被告は昭和五九年三月分の賃料及び共益費合計二万七〇〇〇円を原告に提供したが、原告は受領を拒否したので、以来、今日に至るまで賃料及び共益費として毎月二万七〇〇〇円を供託してきている。

五  抗弁に対する認否

認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実及び同2の事実中昭和五七年六月七日、桜丘起業が万里に本件建物を売り渡したことは当事者間に争いがない。

なお、他人の所有する建物の賃貸も有効であるから、所有者の変動の有無に関係なく原告は本件建物部分の賃貸人として、適法に被告に対し賃貸借契約の解約の申入れをし、また賃貸借契約終了を理由に明渡しを請求することができるこというまでもない。

二  原告が昭和五八年九月一日付け翌二日被告到達の内容証明郵便をもって昭和五九年二月二七日に期間満了すべき本件賃貸借契約の更新を拒絶したとして、本件建物部分の明渡しを求めて渋谷簡易裁判所に本件訴えを提起し、本件訴状は昭和五九年六月一五日に被告に送達されたことは記録上明らかである。

右によれば、原告のした更新拒絶の通知は、借家法二条一項に規定する期間満了前六月ないし一年内にされたものではなく、時機に遅れたものとして不適法といわざるを得ないが、本件訴えの提起は実質的には借家法三条の解約の申入れをしたものと同視できるので、原告の主張するとおり、解約申入れに正当事由が具備する限り、少なくとも、本件訴状が被告に送達された昭和五九年六月一五日から六箇月を経過した昭和五九年一二月一五日の経過をもって本件賃貸借契約は終了したというべきである。

三  そこで、解約の申入れに正当事由が具備するか否かについて判断する。

なお、原告自身は本件建物の所有者ではなく、本件建物及びその敷地の所有者である万里から賃貸権限を含む管理権を付与されている(この事実は、成立に争いのない甲第一〇号証により認めることができる。)ので、万里の事情を原告側の事情として考慮すべきは当然である。

原告が被告に対し立退料として金一五〇〇万円を提供していることは記録上明らかである。

1  《証拠省略》によれば次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(一)  本件建物は、当初は桜丘起業が昭和二六年に木造瓦葺地下一階付二階建の店舗用建物として建築していたが、昭和三五年頃から、建築基準法上の確認申請手続をとることなく、鉄筋コンクリート造地下二階付五階建建物を増築しはじめ、同年三月には東京都からの工事停止命令を受けたにも拘らず施行業者を変えながら工事を進め、昭和三六年にはほぼ完成に近い状態となったが、使用停止命令を受けてそのままの状態で放置されていたところ、昭和四二年六月になって、桜丘起業が東京都に対し、工事停止命令及び使用停止命令を受けるに至ったことを詫びるとともに建築完成まで東京都の指導を受ける旨の誓約書を提出し、もって昭和四二年八月二一日、「昭和三六年六月不詳日変更頃築」を原因として表示の変更の登記がされ、昭和四三年から使用が開始された。

(二)  本件建物は以上の経過で建築されたため、建築基準法二〇条の構造図及び構造計算書も存せず、基礎工事は、基礎杭工事をすることなく、手掘りでベニヤ板を張ってコンクリートを流し込んだだけの可能性が強く、本件建物の構造上の安全性は全く確認できず、大地震に耐えられないおそれが充分にある。

また、消防法の要求する安全規制からはほど遠い状態にあり、昭和五八年四月一九日には東京消防庁渋谷消防署の立入検査を受け、同年七月二六日、屋内消火栓設備の改修等を要求する警告書が万里に対して発せられたが、抜本的には建替え以外には是正が困難である。

(三)  本件建物には飲食店を中心に五〇数店舗が入居していた(被告に賃貸した建物部分は木造造りの部分にある。)が、本件建物は法規上、構造上の欠陥建物であるため、原告及び万里は本件建物の建替えを決め、各入居者に対して明渡しを求めていき、現在、約一〇店舗を残して他はすべて裁判上の和解又は裁判外の話合いにより明渡しの方向で解決がついている。

2  次ぎに被告側の事情について検討するに、《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

(一)  被告は昭和四五年に本件建物部分の前賃借人に対して約二二〇万円を支払って賃借権の譲渡を受け、原告と期間五年の賃貸借契約を締結し(昭和五六年二月二七日の賃貸借契約は三度目の更新によるものである。)、以来本件建物部分で飲食業を営んできたが、長年の営業によって固定客がつき、現在、一ヶ月の売上げは平均五〇万円ないし六〇万円位(純利益二〇万円ないし三〇万円)である。

(二)  被告は四八才の独身であり、八年前より渋谷区にマンションの一室を買いこれを第三者に月一三万八〇〇〇円をもって賃貸しているものの、本件飲食業からの収入が実質的には唯一の生活の資である。

(三)  被告は本件建物部分に絶対的に固執している訳ではなく、原告から代替店舗の提供等しかるべき条件の提示がされれば本件建物部分を明渡してもよい意向を有しているが、代替店舗としては本件建物付近、即ち渋谷駅付近のものに固執しており、そのためもあって立退料としては金五〇〇〇万円程度を望んでいる。

なお、本件建物部分の面積は一〇・七四平方メートル(約三坪)であるが、これと同程度の広さの店舗を見出すことは困難であるため、ある程度の広さの店舗を探さざるを得ないが、そうすると、渋谷駅付近の店舗では保証金及び造作譲渡代金等で少なくとも金二〇〇〇万円程度の費用がかかる。

3  そこで解約申入れの正当事由の有無について判断するに、本件建物部分の明渡しによって、固定客がつき軌道に乗っている現在の場所での飲食店営業を廃止しなければならないということは被告にとって大きな不利益であることは否めないが、渋谷駅付近その他東京都内の一等地に固執しなければ適当な代替店舗を見出すことも不可能とは思えず、また、前1認定の本件建物の法規的、構造的欠陥による本件建物の建替えの社会的必要性を考えれば、原告の提供する金一五〇〇万円の立退料(これはあくまで正当事由の補完としてのものであって、被告が主観的に希望する代替店舗への移転の費用を全て償うに足るものである必要はない。)とあいまてば、原告のした解約申入れは正当事由を充分に具備しているものといわざるを得ない。

4  よって、本件賃貸借契約は、昭和五九年一二月一五日の経過をもって終了したものといわざるを得ない。

四  原告は本件建物部分の明渡しとともに、昭和五九年三月一日から同年一二月一五日までは賃料及び共益費として一箇月金二万七〇〇〇円の割合による金員の支払と同月一六日から右明渡済みまで賃料及び共益費相当の損害金として一箇月金二万七〇〇〇円の割合による金員の支払いを求めているが、被告は原告の受領拒否により昭和五九年三月分以降、賃料及び共益費として一箇月金二万七〇〇〇円の割合による金員を供託してきていることは当事者間に争いがないので、昭和五九年三月一日から同年一二月一五日までの間の賃料及び共益費の支払いを求める部分は理由がない。

五  以上のとおり、原告の本件請求は、被告に対し、原告から金一五〇〇万円の立退料の支払いを受けるのと引換えに本件建物部分の明渡しと昭和五九年一二月一六日から右明渡済みまで一ヶ月金二万七〇〇〇円の割合による賃料及び共益費相当の損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を適用し、仮執行宣言については相当と認めずこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤修市)

〈以下省略〉

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